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辺境発のオピニオン


by karatsuzine

CAST
大沢たかお(野崎陽一郎)、柄本明(鳥越)、牧瀬里穂(ケイコ)
監督・西谷真一、脚本・奥寺佐渡子

STORY
 野崎は、東京の何でもない営業マン。少し前に彼女と別れたばかりだ。いつものように仕事を終えて帰る途中、彼は突然目眩を起こし自転車ごと倒れ込んでしまう。病院で受けた宣告は、脳の動脈瘤。手術をしないと命が助からないし、成功しても記憶を失ってしまう可能性があるいうことだった。
 「記憶を失うという事は、今の自分の死を意味するのではないか。」失意と恐怖の中、仕事を辞め無為に日々を過ごす彼に、不思議なアルバイトの話が舞い込んでくる。初老の弁護士、鳥越と鹿児島まで一緒に旅をしてほしいというものだ。理由もロクに聞かず、彼はその仕事を引き受ける事にした。
 鳥越はかつての妻ケイコの顔を、思い出せなくなっていた。それを何とか思い出そうと、新婚旅行と同じコースを車で辿る計画を立てていた。鹿児島のホスピスで亡くなった彼女の遺品を受け取るためだけに、東京都心の国道1号線から国道3号線の果て指宿まで。一週間に渡る男二人だけの、奇妙な旅が今始まった。

※以下ネタばれ注意!※

REVIEW
 誰もが胸の中に抱える、青春の記憶。旅の途中、断片的によみがえるその風景は、何よりも色鮮やかで、圧倒的な存在感を持って輝きまくっていた。力強く萌ゆる緑、鮮烈な原色の洋服、はちきれそうな彼女の笑顔。
 人生がまだ彼のものであった頃の、かけがえのない記憶。そのノスタルジィは、彼一人だけのものではなく、失われた人間の時代、感性の時代へも向けられていたように感じる。
 見えない明日に向かって、誰もが自分の人生を切り拓いていた70年代。希望の女神が、いつも側で笑いかけてくれていた少年の夏。それより意味のあるものに、僕らはどれだけ出会ってきたのだろう?
 雨宿りしている無人駅で、鳥越が野崎に語りかける。「愛する人を見つけたら決して離してはいけない。離すとその人は誰よりも遠くに行ってしまう。」
 それは失われた青春を求めて、彷徨い続けた一人の男の言葉であった。

 現実の車窓からは、ブルーの背景を背にシステムの一部の如く、規則的に動く通行人たちが次々と通り過ぎて行く。駆け落ちした二人のささやかな結婚式を挙げてくれた、砂風呂のおじいさんおばあさんたちはもういない。詐欺師まがいのテキ屋のお兄さん、市場で賑わう人々。色々なものが消えてしまった。
 冷たいビルの群れ。見えない太陽。レールが完璧に敷かれてしまった現実の中で、黙々と生活が営まれていく現代。食事、睡眠、セックス。人間の動物的欲求の象徴であるそれらさえも、決まり切った形の中でただ繰り返されてゆく。

 大袈裟な出来事もなく、淡々と進んでゆく二人の旅。ラストシーンでは、ケイコの育てたわすれな草を前にして、それまで寡黙だった鳥越が絶叫して嗚咽する。Forget-me-not、私を忘れないでという花言葉に、「私だってそうしたかったんだ…」、と。冷静さの中に埋もれていた生の感情を取りもどした鳥越の、叫びだけがこだまする。そんな彼を前にしても、花はひっそりと咲き続けていた。

 人生のフロンティアの喪失。そう呼んでも良い現代の喪失感を、青春の喪失と重ねて表現していた一本の映画。未来ではなく、失われた過去へと続く異色のロード・ムービー。
 僕たちの心の中に咲く一輪の花。寄り添い合った恋人の親しげな笑顔は、変わってしまった現実に埋もれてしまう事はあっても、決して枯れる事なく咲き続ている。
 その花を胸に挿し、僕たちはその先に一体何を見つければ良いのだろうか?
by karatsuzine | 2005-07-24 03:47 | 映画評論