辺境発のオピニオン


by karatsuzine

市民の利権

 政治家による利益誘導は、時に税金の無駄遣いを引き起こす。我々一般市民には何の利益もなくても、その無駄遣いは一部の人々を潤している。この現状は果たして一政治家の責任だろうか?
 答えはもちろん”ノー”である。税金の無駄な投入によって利益を得る人々が当然存在するわけで、これまでの選挙は、一部の既得権を持つ人々が自分たちの要望を満たしてもらうため、必死に選挙活動を繰り広げてきた。

 そんな中、特定の利権とは縁遠いところに位置する一般の市民はというと、政治不信や誰がやっても同じという諦めからか、投票に参加しない人々が多かった。その傾向は若年層や、一般のサラリーマンの間で特に顕著である。
 しかしこの現状こそが利益誘導政治を横行させ、結果市民を軽視した政治へとつながっているのである。サラリーマンが増税の標的になりやすいのは、彼らの投票率が低いからだという指摘もある。確かに大きな支持母体となっている既得権を持つ人々の不満となるような政治よりも、政治的影響力の少ない(票に結びつかない)サラリーマンを狙う方が落選のリスクは少ない。

 繰り返しとなるが利益誘導型の政治家を支えているのは、既得権益を持った人々である。市民にとっては無駄な公共事業であれ、彼らの利益にかなう政治を行う事が、彼らを当選へと導いている。
 極端に言えば、無駄な公共事業を削減し、彼らの利益を損なうような政治を行えば、彼らは落選して職を失う事となりかねない。

 一方で、市民の利権とはいったい何であろうか?様々なものが考えられるが、直接生活に結びつくもので言えば、やはり福祉に代表される行政サービスを充実して受けられるという事であろう。
 それを実現させるには市民の利益を守るという立場、支持母体が一般の市民である政治家を国政へと送り出すしかない。彼らが一般の市民を支持母体とする以上、彼らは市民をおろそかにした政治を行う事はできない。もし市民を裏切るような政治を行えば、間違いなく市民の票を失い彼らは落選をしてしまうからだ。

 そんな対立候補がいないからしょうがないと言う人もいるだろう。しかし100%完璧な政治家など存在しない。10%と15%の候補しかいないとしても棄権という手段を取らず、どちらも不満ではあるが少しでもマシだと思える方へと投票するべきだ。
 そして現実には、市民のため、汗を流して職務に当たっている議員たちも存在する。政治的無関心による安易な棄権は、そういう彼らの努力を無駄にして見殺しにする事となりはしないだろうか。

 社会保険庁の年金の無駄遣いは、東京7区選出の長妻昭前衆議院議員の努力により国会という場に問題を提起した。その結果彼は市民の支持を獲得し、前回の衆議院選挙では無事二期目の当選を果たした。自民・民主を問わず、そういう政治家を市民の手で国政へと送り出す。それが市民軽視の政治が行われている現状を改善する事につながって行くのだ。
 我々の利権を守ってくれる政治家は誰か、そう言う視点で今回の選挙にのぞんでみても面白いかもしれない。
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by karatsuzine | 2005-09-06 00:21 | 政治